演劇でしか表現できない面白さを追及する劇団 絶対安全ピン

作・演出から挨拶あるいは冗談

なにはさておき、「エコ」の2008年である。
だからというわけではないが、今回はじめて「再演」というものに挑戦する。
4年前の作品である。「再演」て、ちょっとリサイクルっぽい。

ところで「エコ」は、あやしい。「エコ」にはカネがかかっている→カネがかかるからには、エネルギーがかかっている→エネルギーがかかるのは果たして地球にやさしいのか?という矛盾がつきまとうからだ。
そもそも人間は「人間」に興味を持つほど、「自然」や「地球」に関心を持つとは思えない。
CO2の話も、結局はどの国も「減らす」云々より「排出権の売買」について盛り上がっているではないか。

ところで「演劇」と「エコ」は、ちがうものである。
私の発見した最大のちがい、それは「業者」の有無である。

もちろん「エコ」には業者がいる。「地球にやさしいこと」は一般人には面倒くさいことばかりなので、代わりに業者にやってもらう。そういう形になっている。

もちろん「演劇」に業者はいない。誰かの代わりに演劇をやっているやつはいない。やりたいやつが、勝手にやっている。

もし演劇に業者、つまり「代わりに演劇やってあげる業」が存在するとしたら、それは「代わりにトイレ行ってあげる業」に似たものになるだろう。常識で考えれば「したければ自分でしろ」である。
だが、人類はどんどん面倒くさがりになっている。食事やセックスを面倒くさがる人間はすでに現れはじめている。「面倒だから、代わりにトイレ行ってくれ」という需要が生まれても不思議ではない。そこに新たな「業者」が発生する余地がある。

「演劇業者」になるためには、ひと工夫が必要だ。すなわち人々に演劇を「やりたがらせ」、しかも自分でやることを「面倒くさがらせる」ことだ。どうだろう、案外不可能ではないのではないか。まあ、不可能だが。しかし「エコ」の概念はそれくらいの無理を通して奇跡的に成立している。ひょっとしてやればできるのではないか。「エコの2008年」におけるこの公演が、私の「演劇業者」への第一歩となることを祈っている。

絶対安全ピン 黒田圭